論文は批判的に読もうとしてはいけない

論文は批判的に読もうとしてはいけない、ということを最近つくづく感じる鴨です。こんにちは。

批判的に読もうと心掛けている人の読み方を見ていると、その「批判」というのは、だいたいの場合、次の3つのパターンのどれかで終わることが多いような気がします。

○ ささいなミスの揚げ足取り → 簡単な修正で対応できてしまうもの。*1
○ 枝葉末節の部分についてのコメント → 同上。大勢に影響なし。
○ 誤読に基づく言いがかり → げろげろ。

ということで、批判的に読もうと心掛ける人が有効な批判にたどりつけることは、決して多くないように思います。

それでは、批判的に読まないとはどういうことか。言われていることをぜんぶ受け入れることがいいのか。

そんな風に言うつもりはありません。というか、そのような疑問が生じたとしたら、その疑問には、前提として、正しくない二分法があります。それは、

○ 論文に対して読者が取りうる態度は、「受け入れる」か「批判する」かのどちらかである。(あるいは、どちらかしかない。)

です。で、どちらでもない姿勢がありうるだろうというのが、私の見方です。

「受け入れる」と「批判する」は、正反対の概念と言っていいと思います。そして、正反対の概念ということは、じつは共通の基盤によって立っている、ということです。それはどういうことかというと、「受け入れる」と「批判する」は、どちらも「評価する」ということのあり方だ、ということです。プラスに評価するのが「受け入れる」であり、マイナスに評価することが「批判する」なわけです。

そして「評価する」と「理解する」ということは、関連はあるけれども別次元のことなわけです。

でもって、理解していなくても自分なりの評価を下すことはできるけれども、理解していなければ有効な評価はできないと考えられるわけです。

つまり評価以前にまずは理解することが必要なわけです。

そしてPrinciple of Charity(他者の議論を、とりあえず「筋の通ったもの」と想定して読むべし)というのは、理解のための有効なストラテジーだと私は考えます。

そしてこの方針は、カウンセリングの際の話に聞き方にも似ていると思います。

まあとりあえずはそんなところで。



http://d.hatena.ne.jp/shunpei/20100307#p2

http://d.hatena.ne.jp/shunpei/20090526#p1

*1:揚げ足を取っただけでその論文を「乗り越えた」気になってはいけません。