認知言語学会でのご発表について(本文)

9月の4日から5日にかけてオンラインで開かれた日本認知言語学会のとある発表で、私の昔の論考が本格的に取り上げられました。その発表とは、朝本美波さんと谷口一美さんによる「Moving Time の経験基盤に関する実証的研究」で、取り上げられた論考は、2011年に大学の紀要に掲載された「時空間メタファーの経験的基盤をめぐって」です。発表の内容は、一言で言ってしまえば、論考で私が主張した時空間メタファーについてのME一元論を実験的に検証する、というものです。

これについて、まずは取り上げてくださったことに感謝したいと思います。そして以下に、いくつか考えたことを書いておきたいと思います。

 

まず全体として、この発表は私の主張の内容を的確に理解されたうえで検証を進めていると思います。その点、特に感謝しています。

 

理論的な面について言うと、この発表で言われているME/MT多元論の矛盾については、実はMoore自身もどこかで言っていたように思います。(あらためて確認してはいないのですが、おそらくは 2011/2013 だったと思います。)そしてそのMooreの議論は、私には、McTaggartが提示しているA系列の矛盾についての議論と、同じくMcTaggartが提示している「時間が実在しないものだとしたら、我々が時間と思っているものの正体は何なのか」についての議論を踏まえたもののように思われました。ただ、矛盾を認識したうえで、新たにMooreが提唱しているMTのメカニズムについては、私はよく理解できませんでした。

 

一元論が主観性あるいは主体性についての理論を踏まえているというのは、ご指摘の通りです。実は今、「2005年の拙著で時空間メタファーについて触れたところで、それに関連することを言っていた」と書こうとしたのですが、確認したところ、そのようなことは言っていなかったようです。そして2011年の拙稿ではそれは前提としてしまっています。あれを書いたときには、2005年に言ったと思い込んでいたのかもしれません。

そして、一元論と主体性についての理論に、いわゆる「事態把握」の議論を組み合わせると、次の予測ができます。「日本語は(英語に比べて)MT表現が優勢、英語は(日本語に比べて)ME表現が優勢」。今回のご発表では英語については触れられていませんが、データから(おそらく一貫して)読み取れる「日本語はMT表現が優勢」という点に関しては、予測に合致しています。

 

実験の詳細についての議論に関しては、質疑応答で言われたこと以上のことは私も言えません。ただ、一つ興味があるのは、条件2です。これについて、「p<.10では有意差ありとは言えない。有意傾向と言うにとどめるべきだ」という指摘がありましたが、日本語が基本的にMT優位の言語であることを考えたとき、いったいどれくらいの差(あるいは、どういう差)があれば有意差があると言えるのだろうか、ということに興味を持ちました。ただ、私は統計のことは全く分からないので、完全な素人の興味ですが。

 

私には、Boroditskyの実験結果が多元論を支持しているようには見えません。Boroditskyに限らず、move the meeting forwardの解釈に基づく議論は、一元論と多元論の当否を判断する根拠にはならないと私は考えています。そう考える理由を説明しはじめると長くなりすぎるので、ここではやめておきますが。

また、「英語は多元論」と主張する場合、「多元論には論理的な矛盾がある」という主張と両立が可能なのか、ということも疑問です。

質疑応答で大神さんが、自分も英語は多元論なのではないかという気がしている、というふうに仰っていたかと思いますが、実は大神さんが言及された例も一元論で説明することが可能です。それについても、書くと長くなるのでやめておきますが。

 

以上、ご発表に関連して考えたことを書かせていただきました。

 

文献

  • McTaggart, John McTaggart Ellis (1908) The Unreality of Time, Mind: A Quarterly Review of Psychology and Philosophy 17, pp. 457-474.
  • Moore, Kevin Ezra (2011) Frames and the Experiential Basis of the Moving Time Metaphor, Constructions and Frames 3-1, pp. 80-103. (2013年刊行のFried and Nikiforidou (eds.) Advances in Frame Semantics (John Benjamins)に再録。)