学会応募の際のアブストラクトの書き方について

1: まえがき

 twitterの方でだいぶ前から「書こうかな〜」と言っていながら手をつけていなかった、「査読に通りやすい(と私が考える)アブストラクトの書き方」ないし「査読者に好印象を与える(と私が考える)アブストラクトの書き方」について書こうと思います。


 今年(←2011年10月時点の話)の認知言語学会で私のゼミ生の学部生がファーストオーサーの発表が通ってしまったので、一部で「学部生に負けた!」「鴨が裏で何かやらかしたのか?」みたいな声が聞こえたり聞こえなかったりするので、それとの関連もあって書いておこうかなあ、と思うのです。


 まず、「学部生に負けた!」という声ですが、これは正確ではありません。今回の研究には私は指導教員としてよりは共同研究者として参加しているので、「誰かが学部生に負けた」ではなく、「学部生+鴨が通った」ということです。


 また、「鴨が裏で何かやらかしたのか?」ということですが、もちろんやりました。共同研究者ですから。とくに、「アブストラクトはこう書いてね」ということは言いました。それを修正したものをここに書いておきたい、ということです。


 「よいアブストラクトの書き方などというものは無い。よい研究をすることに尽きる」という考えも世の中にはありそうですが、よい研究をしている人でもアブストラクトの書き方がまずいために査読に通らない、ということはあるものです。それが遠因で、「あの人を落とすなんて、あの学会の審査はおかしい」という不満が出たりもするわけです。


 ただし、以下に書くことはあくまでも、今回の応募との関連で、私が思いついたことだけです。なので、一般的に妥当かどうかについては保証しかねます。


 ということで、以下に書きます。


 もったいぶって書きましたが、実はたいしたことはないです。

2: 本題

 でもって、アブストラクトの作成にあたって、学生にお願いしたのは次の2点です。


(1) 構成は時事英語っぽくして。


(2) この研究の何がおもしろいかを書いて。

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(1) 構成は時事英語っぽくして


 これは、「最初に全体のまとめを書いて」ということです。


 <全体のまとめ>→<くわしい研究の説明>→<もう一回短いまとめ>


 にして、とお願いしました。


 最初の<全体のまとめ>に

  ○ 何を取り上げるか: テーマ
  ○ それに関して何を調べたか: リサーチクエスチョン
  ○ その結果何が分かったか、そこから何が言えるか: 解答
  ○ この研究の何がおもしろいか: 言語研究全体の中での意義

をざっと書いておいて、ということでした。

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(2) この研究の何がおもしろいかを書いて。


 単に「「たて」「よこ」について調べたらこんな結果が出ました」だけだと、ただのマニアックな調査の報告ということで終わってしまうので、次のことを書くようにお願いしました。


 (あ) この研究はこれまで(あまり)ない、モノの形を内側から見た場合の研究である。

 (い) (見た範囲では)これまで指摘されていないが、「たて」「よこ」に関して国広先生が指摘されている3用法は、空間参照枠の研究で指摘されている3種類と並行している。


 とくに(い)に関しては、この研究の知見が参照枠研究に対する意味合いを持つ可能性があることになるので、重要だったと思っています。

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 という感じ。


 でもってまあ、学生が自力で全部書いたわけではありません。私もそれなりに書き足しています。連名応募の共同研究者という立場なので、いくら書き足しても学会発表の応募書類としては問題にならないよね、ということで。

3: 補足

 以上は2011年10月にmixiに書いたものに最小限の修正をしたものです。今(2012年1月)の段階でこれを読みなおして、アブストラクトを書く人が特に注意したらいいのではないかなあ、と思うのは、次の3点です。

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 (あ) 最初に全体のまとめを書いて!

 (い) リサーチクエスチョンの提示(どういう問題を取り上げるかの宣言)だけでなく、解答(結論とか、調査の結果とか)まで書いて!

 (う) その研究が、(縦断的にいえば)学史の中で、あるいは(横断的にいえば)言語研究全体の中で、どういう意味合いを持つのかを書いて!

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 (あ)は、形式上の問題で、査読者にとっての理解のしやすさの問題です。


 (い)に関しては、中には「査読者による盗用」を心配する向きもあるかもしれません。でも、「私はこれについて調べます/考えます!」の宣言だけで、「調べた結果/考えた結果、こういう事実が分かりました/こういう主張をすることになりました」の部分がないと、査読者にとっては「評価すべき対象が存在しない」ということになるのではないかと思うのです。


 (う)は、もしかしたら査読者が見抜くべきことかもしれません。それでもあえて書くのには、2つ理由があります。


 一つは応募者の側の問題です。研究者として、自分の立ち位置を(どれくらい正確に認識できるかは別として)自覚すること、自分の研究がどういう意義をもつかを考えておくことは重要だと思います。逆に、そのような自覚の感じられない研究の評価が低くなってもそれはやむを得ないことだと思います。


 第二に、応募する研究と査読者のマッチングの問題があります。一言で言語学と言っても幅広いので、「対象とする言語ないし現象」と「採用するアプローチ」の両面でぴったり一致する人ばかりがアブストラクトの査読にあたるとは限らないだろうと思うのです。「言ってることは分かるけど、それを言うことに何の意味があるか分からない」ということになりそうなのです。「たて」「よこ」の場合、そうなりかねないと予想したのは上に書いたとおりです。


 そういう場合に、研究の意義づけに関する説明があると、上の第一の理由とも重なって、査読者のもつ印象も良くなるのではないか、そんなふうに思っているわけです。

4: disclaimer など

 冒頭にも書きましたが、以上は私が勝手に考えたことです。どこぞの学会の査読基準にあるとかないとか、そういうことは一切関係ありません。


 なぜ今このタイミングでこれを公開したくなったのか、何か事情があるのか、と言われたら、もちろんあります。例の発表をもとにした卒論の締切が間近なのです。そしてそれが終わったら、認知言語学会の論文集のための原稿を用意しなければならないのです。で、いろいろと思いだしているうちに、「え〜い公開してやれ!」という気持ちになった、ということです。


 おしまい。